川上稔 短編集 パワーワードのラブコメが、ハッピーエンドで五本入り(1) (電撃文庫)
なんだろう。不思議な作品だった。
ラブコメのふりをしている『何か』だった。
収録エピソードの5作中4作が女性の一人称で描写されるのだけど、明らかに筆者は「女性のつもりでは書いていない」し、最初からそうする気がないように思える。
どのヒロインも、風呂上がりにパンツいっちょうでビールをのびながらレトロゲー(最新のハードで出てくるリメイクではなく、ハードもソフトも当時の物を使用する)を遊んでいそう。
というのも、一人称で「女子はそんなこと言わない」どころか「女子が知らなさそうなこと」がポンポン出てくる。
女性一人称のラブコメを読む感覚というより、
「美少女のがわだけかぶったVtuber」を見ている感覚に近いかもしれない。
読者はヒロインを好きになるのではなく、「ヒロイン」の行動を見て笑う楽しみをすることになる。
ヒロインは全員「なんでそうなる」というおかしな思考回路を持っているので、愉快。
収録してある話はどれも味が違って秀逸で、一番楽しめたのは四話だけど、もっとも印象に残ったのは第一話。
読み終えた後、そのままもう一回読んだ。
これは、そのまま『ライトノベルの教科書』の例文として載せられるほどに、ラノベとして完成度が高い。
というのも、いわゆる『小説の書き方』で紹介しているようなテクニックの実例、というか、解答がのっている。
舞台は高校で、恋愛を取り扱い、ライトノベルの読者層に共感を得られる普遍のテーマを持っている。
さらに、『他人の心を知りたい』という、誰もが一度は思うであろう、これまた普遍の題材を扱っている。
「女の子目線のちょっとエッチな要素」というのは、男子なら誰もが興味を持つこと。『おんなのこのからだ』みたいな本を図書館でこっそりと借りたくなる少年心をくすぐってくる。
『能力を得て始まる物語は、その能力を失って終わる』べきなんだけど、本作はしっかりと『教科書に書いてある***すべきとは、こういうことですよ』と回答を見せてくれるが如く、綺麗に話が進む。
その上で『教科書に載っていることを護るだけでなく、こうやって応用するんですよ』と、きっちりと最後にオチを持ってくる。
読んでいて漫画『はじめの一歩』のブライアン戦の鷹村が脳裏に浮かびました。
鷹村は一見すれば豪放磊落で破天荒なパワーファイターなんだけど、実際は、基本に忠実で基礎的なパンチが得意。本作の第一話は、そういう作品でした。
僕は『小説を書く勉強のために』という視点もいれて小説を読んでいるだけど、本作からは『基本に忠実なパンチがいちばん強い』と教えられました。
二話目の「こうなるんだろうな」という想像を上手くコントロールされた感も凄い。
最後の一行が『それは嘘だろ』とツッコミを誘ってくる。
何処にも、主人公(ヒロイン)がそうした理由を嘘だと書かれていないから、読者は『嘘だろ』というツッコミで一歩登場人物に近づくことになり没入感が強くなる。そして、没入感が強いところで物語が終わっているので、何とも言えない読後感を味わえる。
このテクニック、盗みたい。